Takanaka Masayoshi / 高中正義 - 100JazzGuitar.com

Takanaka Masayoshi / 高中正義
Biography

高中 正義(たかなか まさよし、1953年3月27日 – )は、東京都品川区大井出身のギタリスト、ミュージシャン、音楽プロデューサーである。

Takanaka Masayoshi / 高中正義の経歴と活躍

中国人(南京市出身)の父親と日本人の母親の間に生まれる。武蔵工業大学付属高等学校現:東京都市大学付属高等学校卒業。 日本のロック界、フュージョン界を代表するギタリストの一人である。演奏スタイルは、インプロヴィゼ-ションよりも楽曲そのもののまとまりを重要視しており、ジャズやフュージョンというよりも様式美を重んじるタイプのロックのそれに近い。

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プロデビュー時は本人の意に反してベースを担当させられていた。柳田ヒログループの一員として、1971年7月日比谷野音で開催された岡林信康の「狂い咲き」コンサート(後にライブ盤も発売)でバッキングを務める。同年8月に、成毛滋とつのだ☆ひろのストロベリー・パスのサポートとしてロックイベント「箱根アフロディーテ」に出演、1か月後に正規メンバーに迎えられフライド・エッグと改称する。

フライド・エッグ解散後、加藤和彦が結成したサディスティック・ミカ・バンドに参加し、ここからギタリストとして活躍。サディスティック・ミカ・バンド解散後は、バンドのメンバーであった高橋幸宏、後藤次利、今井裕らとサディスティックスを結成し、数枚のアルバムを発表するが、メンバー各自の活動が忙しくなり、数年後に自然消滅(九段会館で解散コンサートは実施)した。同時期、スタジオミュージシャンとしても活動し、特に筒美京平には気に入られ、多くのアイドル歌手のレコーディングに参加している(クレジットされていないことも多い)。その後、井上陽水・矢沢永吉等のサポートギタリストを経る一方、サディスティックス時代からソロにて活動している(「SEYCHELLES」が「Sadistics」の前にリリースされている)。ちなみに、高橋や小原礼とは、高校生の頃からの知り合いらしい。

バハマに永住権を持ち、現在は軽井沢在住。元モデルの女性と結婚し、娘を授かる。

昔からラメのジャンプスーツなどのド派手のファッションで有名。「とにかく派手にしてくれ」とオーダーメイドで洋服屋に作らせたと言う。また、1970年代から金髪や緑髪にもしており、被り物もよく被っていた。近年は、派手な衣装はあまり着なくなったが、サーフィンギターというサーフボードをくり抜いて作ったギターをライブなどでよく使っている。最近では、フェンダーのリゾネイターギターのトップに鉄道模型の線路を敷いた(実際に自動往復で走らせることができる)ギターを演奏して、観客へのサービス心は健在である。

1981年、イタリアの画家ウル・デ・リコの絵本から得たインスピレーションによって制作したコンセプトアルバム「虹伝説」を発表。日本武道館を皮切りに全国ツアーをおこない、アルバム、ライブは、ともに大反響で、「時」のTAKANAKAブームを巻き起こした代表作となった。また、第23回日本レコード大賞企画賞を受賞した。 翌年は横浜スタジアムを皮切りに、サンタナとのジョイントライブを敢行、真夏の熱狂ライブを彩った。 翌々年「ギターファンタジアツアー」を大阪・横浜で行い、ツアーメンバーにアメリカのスーパー音楽プロデューサーのナラダ・マイケル・ウォルデンがドラムとして参加した(パーカションはシーラ・E)。なお、海外ミュージシャンとの交流は過去にもアルバムでリー・リトナーやリトル・リチャードで果たしている。この他にも、13キャッツやデイヴ・コーズ、マイアミ・サウンド・マシーン等様々な海外アーティストがアルバムやライブに参加している。